吉野の宿を出発して車でさらに山を登りました。行先は世界遺産【吉野水分神社】(よしのみくまり神社)です。
ナビを頼りに山を登りますが、道を間違えたのか同じところをぐるぐる(^^;
5月に宿泊でお世話になった宿のご主人が、ちょうど道で掃き掃除をしていたのを見つけたので、ご主人に水分神社への道を教えていただきました。
ご主人の教えてくれた通りに山道を登っていきましたが、「え?ここを通るの?」と思ってしまうくらい急こう配&道幅が狭い山道。
所々の箇所が車幅ギリギリですり抜けるのがやっとでした。
あと少しで到着すると思ったら、U字カーブの手前に作業員さんが1人立っていて止められました。
「今作業中でして通行止めなんです。申し訳ありませんが、この道を下って戻って、反対側から登ってきてください」と言うのです。
「え?あの急こう配&道幅が狭い山道をもう一回降りて、違う道から登れって?」と思い、ショックで啞然としてしまいました。通った道中に工事の案内版が無かったので、それも不思議に思いました。
「反対側の道から登り直すとここからどれくらいの時間かかるんでしょうか」と作業員さんに聞くと。「あー結構かかりますねェ」と言っていました。
「この先のどこに行かれるのですか?」と聞かれたので「この上にある水分神社に行きます」と言うと、「あー神社ありますね。ちょっと待っててくださいね」とトランシーバーで、何やら相談をしてくださっていました。
しばらく待っていると「今作業車を脇に寄せて、車を通れるようにしますんで、ちょっと待っていてくださいね!」と言ってくださいました。
「準備ができたので通ってください」と声をかけてくださったので、無事水分神社へと進むことができました。
すれ違うときに気が付いたのですが、近畿電力さんの作業車でした。電線の復旧らしき作業をされていたので急な対応だったようです。
作業を中断してくださって申し訳なかったなぁと思い、通り際に作業車にいる方々にお礼をいい通らせていただきました。
「帰り道も移動しますんで、帰りも作業員にお知らせくださいね!」とまで、親切に言っていただき本当に助かりました。
近畿電力の皆さまありがとうございましたm(__)m
お陰で無事、水分神社に到着しました。水分神社は吉野山をさらに登った小さな集落にあります。
ご近所の方が神社前の道路をお掃除していました。
鳥居前からも清々しいご神気を感じます。水分神社は子守宮とも呼ばれ、子授け、安産、子どもの守護神として、現在もあつく信仰されています。
藤原道長が金峯山詣でを行った理由は、一条天皇の中宮となった娘彰子は皇子が授かるように祈念したといわれています。
また、こちらの水分神社は豊臣秀吉が子授け祈願をし、息子・秀頼を授かりました。現在の社殿は秀頼が慶長9年(1604)年に再建したものです。
山門をくぐり境内へ進みます。誰も居ない1人だけの特別な空間です。優しいゆるやかなエネルギーを感じて、時間が止まったような感覚になりました。
立派な龍の絵が飾られています。
豊臣秀吉の息子・秀頼が奉納した、400年前の神輿です。今もなお大切に保管されていて、間近で拝見できるので感激しました。
桃山様式建築の三殿一棟の本殿・幣殿・拝殿・楼門・回廊は国の重要文化財に指定されていて、世界遺産として登録されています。
鳥たちの可愛いさえずりと、爽やかであたたかい陽気を堪能していると時間が経つのを忘れてしまいます。
参拝を終えて山門を出ると、お掃除をしていた年配の女性に声をかけられました。
以前は水分神社の向かいの家に宮司さんが住んで管理をされていらっしゃったのだそうですが、事情が重なり現在は不在なのだそうです。
そのため神社の管理をする方はいるらしいのですが、遠方の方のため月に数回しかいらっしゃらないとお話されていました。
私も参拝していて、あちこち老朽化しているのが気になりました。とても素晴らしい神社なので、何とか良い状態になればと願うばかりです。